共通テスト(公民) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問9 (公共,倫理(第3問) 問9)
問題文
次の場面の会話文を読み、後の問いに答えよ。なお、会話と問いの生徒Gと生徒Hは、各々全て同じ人物である。
場面1 放課後、教室で生徒Gと生徒Hが次の会話をしている。
G:落ち込んでいるみたいだけど、何かあったの?
H:昨日、小学校以来の親友とケンカして。何でも話せる相手だと思って、本音で話したことが相手を傷つけてしまったみたい。傷つけるつもりはなかったから謝ったけど、a 他の人への思いやりがない、って言われてしまったよ。
G:仲直りはしたんでしょう?
H:一応ね…。だけど、モヤモヤするんだよね。高校も別で、環境も違うから、価値観も変わって、昔のようにわかり合えないのではないかと思って。
G:私は、ちゃんと話し合えばわかり合えると思う。同じ人間なんだから、みんなに共通する何かはあると思うし、理解できるはずだよ。
H:そういう誰にでも当てはまることなんて本当にあるのかなぁ。
G:うーん…。倫理の授業で道徳のb 普遍性について学んだことは参考にならないかな?道徳法則は自然法則と同じように普遍的だ、っていうカントの思想についても習ったよね。
H:それを言うなら、現代の科学論では、c 科学的知識が普遍的とは言い切れないという議論があるとも習ったよね。科学すら普遍的じゃないなら、価値観はなおさら人それぞれ違って、わかり合うことは難しいと思う。
G:そう考えることもできるのかなぁ。それでも、私には、困難を乗り越えてわかり合うこともやっぱり大切に思えるけどな…。そういえば、明日の倫理の授業のテーマは「他者」だったから、何かヒントにならないかな。
場面2 生徒Gと生徒Hは、倫理の授業後、次の会話をしている。
G:倫理の授業では、様々な「他者」の説明があったね。なかでも自立的な個人を強調する西洋近代のd 人間観では、そうした「私」とは区別されるものが「他者」と呼ばれるということに、なるほどと思ったよ。
H:そうだったね。もちろん「私」にとっての他者ということもあるけれど、「私たち」にとっての他者という話も興味深かった。
G:「私たち」の社会や共同体という視点から他者を見るってことだよね。
H:そうそう。例えば、古代ギリシアのe ポリスを構成する市民にとっては、他のポリスから来た人たちや奴隷が他者になるわけだし。
G:文化の異なる人も他者だと考えられるね。
H:うーむ。ポリス内部の他者同士でさえも、コミュニケーションが難しそうなのに、言葉や文化が違う他者って、わかり合うのがもっと難しそう。やはり他者と理解し合うのは、根本的に無理だと思うけどな。
G:まあ、そんなに悲観的にならなくてもいいんじゃない?私はペットの犬や猫ともわかり合えると思っているよ!
H:そうかなぁ…。わかり合えるかどうかはともかく、人間を「私たち」とすると、f 人間以外の動物も他者ということになるかな。
G:そうなるね。面白いなぁ。
場面3 数日後、生徒Gと生徒Hは、次の会話をしている。
G:その後、ケンカした友達とはどう?
H:なんとか関係は修復できそうだよ。昔と全く同じとはいかなくても、新しい付き合い方を探っていけたらと思ってる。
G:それはひとまず良かった。
H:でも、幼なじみと価値観が合わなくなってしまったのはちょっと寂しいなぁ。直接会う機会が減って、スマホでの文字のやり取りばかりになっているのも関係あるのかも。言葉でコミュニケーションするのって難しいね…。
G:そういえば、倫理の授業では、20世紀になってg 言語哲学が発展して、言語でのコミュニケーションについて考えられてきたって習ったね。言葉について考えることも、他者とわかり合うためには重要なのかも。
H:そうだね。でも、私は、他者とのコミュニケーションの目的は、意見を一致させることではないんじゃないかとも思う。価値観を共有することや、同じ意見になることがなくても、h 他者との関係を保つことはできるし、それが重要なんじゃないかなぁ。
G:うーん、私はやっぱり、どんなに困難でも、コミュニケーションの最終的な目的は、意見を一致させることなんじゃないかと思うけれど…。そうじゃないと、「考え方は人それぞれだから」と言って、コミュニケーションを放棄することになってしまいそう。
H:そうか、そういう危険までは考えていなかったな…。でも、相手を説得しようとして、自分の意見を押し付けることにつながってしまう場合もあるよね。無理に同じ考えになることを目指すと、かえって対立が深まってしまうこともあると思う。
G:それはそのとおりだね。同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切だね。
場面1〜3の会話文について述べた文章として適当なものを全て選んだとき、その組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ア Gはもともと、話し合いで共通理解に至ることを重視していたが、Hからの指摘を受けて、同じ意見になることに固執して自分の考えを押し付けることにならないよう、十分留意すべきだと思うようになった。
イ GとHは、他者とわかり合うことが可能かどうかや、普遍性が存在するか否かについて、異なる考えをもっていたが、文化の異なる他者とも同じ見解に至ることを目指すべきだという点で、最終的に合意した。
ウ Hは友人とのケンカをきっかけに、他者とわかり合うことは困難だと考え始めた。しかし、Gとの会話のなかで、相対主義を徹底すると、他者とのコミュニケーションが不可能になりかねないと気付いた。
エ GとHは、倫理の授業を通じて、個々人にとっての他者だけでなく、社会や共同体にとっての他者という観点も重要だと学んだ。その後、人間以外の動物は、この意味での他者に含まれないと気付いた。
場面1 放課後、教室で生徒Gと生徒Hが次の会話をしている。
G:落ち込んでいるみたいだけど、何かあったの?
H:昨日、小学校以来の親友とケンカして。何でも話せる相手だと思って、本音で話したことが相手を傷つけてしまったみたい。傷つけるつもりはなかったから謝ったけど、a 他の人への思いやりがない、って言われてしまったよ。
G:仲直りはしたんでしょう?
H:一応ね…。だけど、モヤモヤするんだよね。高校も別で、環境も違うから、価値観も変わって、昔のようにわかり合えないのではないかと思って。
G:私は、ちゃんと話し合えばわかり合えると思う。同じ人間なんだから、みんなに共通する何かはあると思うし、理解できるはずだよ。
H:そういう誰にでも当てはまることなんて本当にあるのかなぁ。
G:うーん…。倫理の授業で道徳のb 普遍性について学んだことは参考にならないかな?道徳法則は自然法則と同じように普遍的だ、っていうカントの思想についても習ったよね。
H:それを言うなら、現代の科学論では、c 科学的知識が普遍的とは言い切れないという議論があるとも習ったよね。科学すら普遍的じゃないなら、価値観はなおさら人それぞれ違って、わかり合うことは難しいと思う。
G:そう考えることもできるのかなぁ。それでも、私には、困難を乗り越えてわかり合うこともやっぱり大切に思えるけどな…。そういえば、明日の倫理の授業のテーマは「他者」だったから、何かヒントにならないかな。
場面2 生徒Gと生徒Hは、倫理の授業後、次の会話をしている。
G:倫理の授業では、様々な「他者」の説明があったね。なかでも自立的な個人を強調する西洋近代のd 人間観では、そうした「私」とは区別されるものが「他者」と呼ばれるということに、なるほどと思ったよ。
H:そうだったね。もちろん「私」にとっての他者ということもあるけれど、「私たち」にとっての他者という話も興味深かった。
G:「私たち」の社会や共同体という視点から他者を見るってことだよね。
H:そうそう。例えば、古代ギリシアのe ポリスを構成する市民にとっては、他のポリスから来た人たちや奴隷が他者になるわけだし。
G:文化の異なる人も他者だと考えられるね。
H:うーむ。ポリス内部の他者同士でさえも、コミュニケーションが難しそうなのに、言葉や文化が違う他者って、わかり合うのがもっと難しそう。やはり他者と理解し合うのは、根本的に無理だと思うけどな。
G:まあ、そんなに悲観的にならなくてもいいんじゃない?私はペットの犬や猫ともわかり合えると思っているよ!
H:そうかなぁ…。わかり合えるかどうかはともかく、人間を「私たち」とすると、f 人間以外の動物も他者ということになるかな。
G:そうなるね。面白いなぁ。
場面3 数日後、生徒Gと生徒Hは、次の会話をしている。
G:その後、ケンカした友達とはどう?
H:なんとか関係は修復できそうだよ。昔と全く同じとはいかなくても、新しい付き合い方を探っていけたらと思ってる。
G:それはひとまず良かった。
H:でも、幼なじみと価値観が合わなくなってしまったのはちょっと寂しいなぁ。直接会う機会が減って、スマホでの文字のやり取りばかりになっているのも関係あるのかも。言葉でコミュニケーションするのって難しいね…。
G:そういえば、倫理の授業では、20世紀になってg 言語哲学が発展して、言語でのコミュニケーションについて考えられてきたって習ったね。言葉について考えることも、他者とわかり合うためには重要なのかも。
H:そうだね。でも、私は、他者とのコミュニケーションの目的は、意見を一致させることではないんじゃないかとも思う。価値観を共有することや、同じ意見になることがなくても、h 他者との関係を保つことはできるし、それが重要なんじゃないかなぁ。
G:うーん、私はやっぱり、どんなに困難でも、コミュニケーションの最終的な目的は、意見を一致させることなんじゃないかと思うけれど…。そうじゃないと、「考え方は人それぞれだから」と言って、コミュニケーションを放棄することになってしまいそう。
H:そうか、そういう危険までは考えていなかったな…。でも、相手を説得しようとして、自分の意見を押し付けることにつながってしまう場合もあるよね。無理に同じ考えになることを目指すと、かえって対立が深まってしまうこともあると思う。
G:それはそのとおりだね。同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切だね。
場面1〜3の会話文について述べた文章として適当なものを全て選んだとき、その組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ア Gはもともと、話し合いで共通理解に至ることを重視していたが、Hからの指摘を受けて、同じ意見になることに固執して自分の考えを押し付けることにならないよう、十分留意すべきだと思うようになった。
イ GとHは、他者とわかり合うことが可能かどうかや、普遍性が存在するか否かについて、異なる考えをもっていたが、文化の異なる他者とも同じ見解に至ることを目指すべきだという点で、最終的に合意した。
ウ Hは友人とのケンカをきっかけに、他者とわかり合うことは困難だと考え始めた。しかし、Gとの会話のなかで、相対主義を徹底すると、他者とのコミュニケーションが不可能になりかねないと気付いた。
エ GとHは、倫理の授業を通じて、個々人にとっての他者だけでなく、社会や共同体にとっての他者という観点も重要だと学んだ。その後、人間以外の動物は、この意味での他者に含まれないと気付いた。
このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。
問題
反映中…
共通テスト(公民)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問9(公共,倫理(第3問) 問9) (訂正依頼・報告はこちら)
次の場面の会話文を読み、後の問いに答えよ。なお、会話と問いの生徒Gと生徒Hは、各々全て同じ人物である。
場面1 放課後、教室で生徒Gと生徒Hが次の会話をしている。
G:落ち込んでいるみたいだけど、何かあったの?
H:昨日、小学校以来の親友とケンカして。何でも話せる相手だと思って、本音で話したことが相手を傷つけてしまったみたい。傷つけるつもりはなかったから謝ったけど、a 他の人への思いやりがない、って言われてしまったよ。
G:仲直りはしたんでしょう?
H:一応ね…。だけど、モヤモヤするんだよね。高校も別で、環境も違うから、価値観も変わって、昔のようにわかり合えないのではないかと思って。
G:私は、ちゃんと話し合えばわかり合えると思う。同じ人間なんだから、みんなに共通する何かはあると思うし、理解できるはずだよ。
H:そういう誰にでも当てはまることなんて本当にあるのかなぁ。
G:うーん…。倫理の授業で道徳のb 普遍性について学んだことは参考にならないかな?道徳法則は自然法則と同じように普遍的だ、っていうカントの思想についても習ったよね。
H:それを言うなら、現代の科学論では、c 科学的知識が普遍的とは言い切れないという議論があるとも習ったよね。科学すら普遍的じゃないなら、価値観はなおさら人それぞれ違って、わかり合うことは難しいと思う。
G:そう考えることもできるのかなぁ。それでも、私には、困難を乗り越えてわかり合うこともやっぱり大切に思えるけどな…。そういえば、明日の倫理の授業のテーマは「他者」だったから、何かヒントにならないかな。
場面2 生徒Gと生徒Hは、倫理の授業後、次の会話をしている。
G:倫理の授業では、様々な「他者」の説明があったね。なかでも自立的な個人を強調する西洋近代のd 人間観では、そうした「私」とは区別されるものが「他者」と呼ばれるということに、なるほどと思ったよ。
H:そうだったね。もちろん「私」にとっての他者ということもあるけれど、「私たち」にとっての他者という話も興味深かった。
G:「私たち」の社会や共同体という視点から他者を見るってことだよね。
H:そうそう。例えば、古代ギリシアのe ポリスを構成する市民にとっては、他のポリスから来た人たちや奴隷が他者になるわけだし。
G:文化の異なる人も他者だと考えられるね。
H:うーむ。ポリス内部の他者同士でさえも、コミュニケーションが難しそうなのに、言葉や文化が違う他者って、わかり合うのがもっと難しそう。やはり他者と理解し合うのは、根本的に無理だと思うけどな。
G:まあ、そんなに悲観的にならなくてもいいんじゃない?私はペットの犬や猫ともわかり合えると思っているよ!
H:そうかなぁ…。わかり合えるかどうかはともかく、人間を「私たち」とすると、f 人間以外の動物も他者ということになるかな。
G:そうなるね。面白いなぁ。
場面3 数日後、生徒Gと生徒Hは、次の会話をしている。
G:その後、ケンカした友達とはどう?
H:なんとか関係は修復できそうだよ。昔と全く同じとはいかなくても、新しい付き合い方を探っていけたらと思ってる。
G:それはひとまず良かった。
H:でも、幼なじみと価値観が合わなくなってしまったのはちょっと寂しいなぁ。直接会う機会が減って、スマホでの文字のやり取りばかりになっているのも関係あるのかも。言葉でコミュニケーションするのって難しいね…。
G:そういえば、倫理の授業では、20世紀になってg 言語哲学が発展して、言語でのコミュニケーションについて考えられてきたって習ったね。言葉について考えることも、他者とわかり合うためには重要なのかも。
H:そうだね。でも、私は、他者とのコミュニケーションの目的は、意見を一致させることではないんじゃないかとも思う。価値観を共有することや、同じ意見になることがなくても、h 他者との関係を保つことはできるし、それが重要なんじゃないかなぁ。
G:うーん、私はやっぱり、どんなに困難でも、コミュニケーションの最終的な目的は、意見を一致させることなんじゃないかと思うけれど…。そうじゃないと、「考え方は人それぞれだから」と言って、コミュニケーションを放棄することになってしまいそう。
H:そうか、そういう危険までは考えていなかったな…。でも、相手を説得しようとして、自分の意見を押し付けることにつながってしまう場合もあるよね。無理に同じ考えになることを目指すと、かえって対立が深まってしまうこともあると思う。
G:それはそのとおりだね。同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切だね。
場面1〜3の会話文について述べた文章として適当なものを全て選んだとき、その組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ア Gはもともと、話し合いで共通理解に至ることを重視していたが、Hからの指摘を受けて、同じ意見になることに固執して自分の考えを押し付けることにならないよう、十分留意すべきだと思うようになった。
イ GとHは、他者とわかり合うことが可能かどうかや、普遍性が存在するか否かについて、異なる考えをもっていたが、文化の異なる他者とも同じ見解に至ることを目指すべきだという点で、最終的に合意した。
ウ Hは友人とのケンカをきっかけに、他者とわかり合うことは困難だと考え始めた。しかし、Gとの会話のなかで、相対主義を徹底すると、他者とのコミュニケーションが不可能になりかねないと気付いた。
エ GとHは、倫理の授業を通じて、個々人にとっての他者だけでなく、社会や共同体にとっての他者という観点も重要だと学んだ。その後、人間以外の動物は、この意味での他者に含まれないと気付いた。
場面1 放課後、教室で生徒Gと生徒Hが次の会話をしている。
G:落ち込んでいるみたいだけど、何かあったの?
H:昨日、小学校以来の親友とケンカして。何でも話せる相手だと思って、本音で話したことが相手を傷つけてしまったみたい。傷つけるつもりはなかったから謝ったけど、a 他の人への思いやりがない、って言われてしまったよ。
G:仲直りはしたんでしょう?
H:一応ね…。だけど、モヤモヤするんだよね。高校も別で、環境も違うから、価値観も変わって、昔のようにわかり合えないのではないかと思って。
G:私は、ちゃんと話し合えばわかり合えると思う。同じ人間なんだから、みんなに共通する何かはあると思うし、理解できるはずだよ。
H:そういう誰にでも当てはまることなんて本当にあるのかなぁ。
G:うーん…。倫理の授業で道徳のb 普遍性について学んだことは参考にならないかな?道徳法則は自然法則と同じように普遍的だ、っていうカントの思想についても習ったよね。
H:それを言うなら、現代の科学論では、c 科学的知識が普遍的とは言い切れないという議論があるとも習ったよね。科学すら普遍的じゃないなら、価値観はなおさら人それぞれ違って、わかり合うことは難しいと思う。
G:そう考えることもできるのかなぁ。それでも、私には、困難を乗り越えてわかり合うこともやっぱり大切に思えるけどな…。そういえば、明日の倫理の授業のテーマは「他者」だったから、何かヒントにならないかな。
場面2 生徒Gと生徒Hは、倫理の授業後、次の会話をしている。
G:倫理の授業では、様々な「他者」の説明があったね。なかでも自立的な個人を強調する西洋近代のd 人間観では、そうした「私」とは区別されるものが「他者」と呼ばれるということに、なるほどと思ったよ。
H:そうだったね。もちろん「私」にとっての他者ということもあるけれど、「私たち」にとっての他者という話も興味深かった。
G:「私たち」の社会や共同体という視点から他者を見るってことだよね。
H:そうそう。例えば、古代ギリシアのe ポリスを構成する市民にとっては、他のポリスから来た人たちや奴隷が他者になるわけだし。
G:文化の異なる人も他者だと考えられるね。
H:うーむ。ポリス内部の他者同士でさえも、コミュニケーションが難しそうなのに、言葉や文化が違う他者って、わかり合うのがもっと難しそう。やはり他者と理解し合うのは、根本的に無理だと思うけどな。
G:まあ、そんなに悲観的にならなくてもいいんじゃない?私はペットの犬や猫ともわかり合えると思っているよ!
H:そうかなぁ…。わかり合えるかどうかはともかく、人間を「私たち」とすると、f 人間以外の動物も他者ということになるかな。
G:そうなるね。面白いなぁ。
場面3 数日後、生徒Gと生徒Hは、次の会話をしている。
G:その後、ケンカした友達とはどう?
H:なんとか関係は修復できそうだよ。昔と全く同じとはいかなくても、新しい付き合い方を探っていけたらと思ってる。
G:それはひとまず良かった。
H:でも、幼なじみと価値観が合わなくなってしまったのはちょっと寂しいなぁ。直接会う機会が減って、スマホでの文字のやり取りばかりになっているのも関係あるのかも。言葉でコミュニケーションするのって難しいね…。
G:そういえば、倫理の授業では、20世紀になってg 言語哲学が発展して、言語でのコミュニケーションについて考えられてきたって習ったね。言葉について考えることも、他者とわかり合うためには重要なのかも。
H:そうだね。でも、私は、他者とのコミュニケーションの目的は、意見を一致させることではないんじゃないかとも思う。価値観を共有することや、同じ意見になることがなくても、h 他者との関係を保つことはできるし、それが重要なんじゃないかなぁ。
G:うーん、私はやっぱり、どんなに困難でも、コミュニケーションの最終的な目的は、意見を一致させることなんじゃないかと思うけれど…。そうじゃないと、「考え方は人それぞれだから」と言って、コミュニケーションを放棄することになってしまいそう。
H:そうか、そういう危険までは考えていなかったな…。でも、相手を説得しようとして、自分の意見を押し付けることにつながってしまう場合もあるよね。無理に同じ考えになることを目指すと、かえって対立が深まってしまうこともあると思う。
G:それはそのとおりだね。同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切だね。
場面1〜3の会話文について述べた文章として適当なものを全て選んだとき、その組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
ア Gはもともと、話し合いで共通理解に至ることを重視していたが、Hからの指摘を受けて、同じ意見になることに固執して自分の考えを押し付けることにならないよう、十分留意すべきだと思うようになった。
イ GとHは、他者とわかり合うことが可能かどうかや、普遍性が存在するか否かについて、異なる考えをもっていたが、文化の異なる他者とも同じ見解に至ることを目指すべきだという点で、最終的に合意した。
ウ Hは友人とのケンカをきっかけに、他者とわかり合うことは困難だと考え始めた。しかし、Gとの会話のなかで、相対主義を徹底すると、他者とのコミュニケーションが不可能になりかねないと気付いた。
エ GとHは、倫理の授業を通じて、個々人にとっての他者だけでなく、社会や共同体にとっての他者という観点も重要だと学んだ。その後、人間以外の動物は、この意味での他者に含まれないと気付いた。
- アとイ
- アとウ
- アとエ
- イとウ
- イとエ
- ウとエ
正解!素晴らしいです
残念...
画像拡大
この過去問の解説 (1件)
01
この問題は知識というより、場面1~3をしっかり読んで回答する問題です。
まず「ア」について検討します。
「Hからの指摘を受けて、同じ意見になることに固執して自分の考えを押し付けることにならないよう、十分留意すべきだと思うようになった」
ではHはどのような指摘をしたのか。
「でも、私は、他者とのコミュニケーションの目的は、意見を一致させることではないんじゃないかとも思う。価値観を共有することや、同じ意見になることがなくても(中略)それが重要なんじゃないかなぁ」
「相手を説得しようとして、自分の意見を押し付けることにつながってしまう場合もあるよね。無理に同じ考えになることを目指すと、かえって対立が深まってしまうこともあると思う」
つまりHからの指摘というのは同じ意見になることに固執して自分の考えを押し付けることにならないよう、十分留意すべきということなのです。
よって「ア」は正しいです。
つぎに「イ」について検討します。
「文化の異なる他者とも同じ見解に至ることを目指すべきだという点で、最終的に合意した」
H「相手を説得しようとして、自分の意見を押し付けることにつながってしまう場合もあるよね。無理に同じ考えになることを目指すと、かえって対立が深まってしまうこともあると思う」
G「それはそのとおりだね。同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切だね。」
つまり「イ」のいうように「同じ見解に至ることを目指すべきだという点で、最終的に合意した」ではなく「無理に同じ考えになる必要はない」というような点で同意したのです。
その上で「同じ意見になることの前に、相手の意見にどんな優れた点があるかをきちんと確かめることも大切だね」と発言しているのです。
よって「イ」は正しくありません。
つぎに「ウ」について検討します。
「Hは友人とのケンカをきっかけに、他者とわかり合うことは困難だと考え始めた」
Hの「昨日、小学校以来の親友とケンカして」「昔のようにわかり合えないのではないかと思って」という発言からからこの部分は正しいです。
「Gとの会話のなかで、相対主義を徹底すると、他者とのコミュニケーションが不可能になりかねないと気付いた」
Gの「コミュニケーションを放棄することになってしまいそう」という発言に対してHは「そうか、そういう危険までは考えていなかったな…。」と同意していることから正しいです。
つぎに「エ」について検討します。
「人間以外の動物は、この意味での他者に含まれないと気付いた」
これはGの「まあ、そんなに悲観的にならなくてもいいんじゃない?私はペットの犬や猫ともわかり合えると思っているよ!」という発言とHの「わかり合えるかどうかはともかく、人間を「私たち」とすると、人間以外の動物も他者ということになるかな」という発言から正しくありません。
以上から正しいのは「ア」「ウ」となります。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
前の問題(問8)へ
令和8年度(2026年度)追・再試験 問題一覧
次の問題(問10)へ