共通テスト(公民) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問6 (公共,倫理(第3問) 問6)

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問題

共通テスト(公民)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問6(公共,倫理(第3問) 問6) (訂正依頼・報告はこちら)

次の場面の会話文を読み、後の問いに答えよ。なお、会話と問いの生徒Gと生徒Hは、各々全て同じ人物である。

場面2  生徒Gと生徒Hは、倫理の授業後、次の会話をしている。

G:倫理の授業では、様々な「他者」の説明があったね。なかでも自立的な個人を強調する西洋近代のd 人間観では、そうした「私」とは区別されるものが「他者」と呼ばれるということに、なるほどと思ったよ。
H:そうだったね。もちろん「私」にとっての他者ということもあるけれど、「私たち」にとっての他者という話も興味深かった。
G:「私たち」の社会や共同体という視点から他者を見るってことだよね。
H:そうそう。例えば、古代ギリシアのe ポリスを構成する市民にとっては、他のポリスから来た人たちや奴隷が他者になるわけだし。
G:文化の異なる人も他者だと考えられるね。
H:うーむ。ポリス内部の他者同士でさえも、コミュニケーションが難しそうなのに、言葉や文化が違う他者って、わかり合うのがもっと難しそう。やはり他者と理解し合うのは、根本的に無理だと思うけどな。
G:まあ、そんなに悲観的にならなくてもいいんじゃない?私はペットの犬や猫ともわかり合えると思っているよ!
H:そうかなぁ…。わかり合えるかどうかはともかく、人間を「私たち」とすると、f 人間以外の動物も他者ということになるかな。
G:そうなるね。面白いなぁ。

下線部fに関連して、生徒Gと先生Tが、次の資料を見ながら後の会話をしている。会話文中の( ア )・( イ )に入る語句の組合せとして最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

資料  『央掘魔羅(おうくつまら)経』より
文殊(もんじゅ)菩薩は申し上げた。「如来蔵のために諸仏は肉を召し上がらないのですか。」
釈尊はおっしゃった。「文殊よ、まさしくその通りである。一切衆生は永遠の昔から生死を繰り返し、父母、兄弟姉妹でないものはなく、役者のように変化し続ける。自分の肉も他者の肉も同一の肉である。ゆえに諸仏は肉を食べないのだ。また文殊よ、一切衆生の本質と我の本質は同一であり、その肉も同一であるので、諸仏は肉を食べないのだ。」

G:ここで言う「如来蔵」って何ですか?
T:これは「如来を胎内に宿す」という意味で、聖徳太子が注釈書を書いたとされる( ア )でも説かれる重要な思想です。『涅槃経』で説かれる仏性とほぼ同じですね。
G:なるほど、一切衆生は本質的に同じなので、動物の肉を食べることは自分を食べるのと同じということでしょうか。
T:そのとおりです。加えて資料では、( イ )ので、他者の肉を食べるべきではない、とも言われていますね。
  • ア:『般若経』  イ:輪廻の繰り返しのなかでは他者が自分でもあり得る
  • ア:『般若経』  イ:自己の内なる我執を克服して如来蔵を獲得する
  • ア:『勝鬘経』  イ:輪廻の繰り返しのなかでは他者が自分でもあり得る
  • ア:『勝鬘経』  イ:自己の内なる我執を克服して如来蔵を獲得する

正解!素晴らしいです

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