共通テスト(公民) 過去問
令和8年度(2026年度)追・再試験
問14 (公共,倫理(第4問) 問5)

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問題

共通テスト(公民)試験 令和8年度(2026年度)追・再試験 問14(公共,倫理(第4問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)

生徒Jと生徒Kが議論のあり方や目的について会話をしている。次の会話文を読み、小林秀雄の思想と、後の資料に示されている三木清の思想の説明として最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

J:最近は、インターネット上でもテレビでも、いろいろな議論が活発に行われているね。
K:でも、議論を通して一緒に考えていくというよりは、相手を徹底的にやっつけて、議論に勝つことばかり考えている人も多いように思うな。
J:確かに、「論破」するのがカッコイイって考えている人もいるなぁ。
K:三木清っていう哲学者の文章を読んでいたら、「批評」と「論戦」の違いを論じていて、議論のあり方を考えるヒントにもなるな、と思ったんだ。
J:批評といえば、批評に関する小林秀雄の考えが、倫理の教科書に書いてあったよね。
K:三木清は、それとは違う考えみたい。この資料、ちょっと読んでみてよ。

資料  三木清「批評と論戦」より
批評が何等(なんら)かの意味、何等かの程度で相手を認めようとするのに反して、論戦はどこまでも相手を排撃しようとする。……批評は相手の勝(すぐ)れたところを認めることをつねに怠ってはならない。相手のもっている好(よ)いものをてんで問題にしないような批評は批評ではなくて論戦なのである。…
…論戦でなくして相互批評となるためには、二つの前提が必要である…
…。第一に批評者は相手の足りない点、間違っている点を指摘することだけにとどまらないで、進んでそれについて自己の積極的なものを示さなければならない。第二に批評を受けた者は傲慢(ごうまん)と片意地とを棄(す)てて批評者と一緒に共通の真理に達しようとする愛と寛大とをもたなければならない。
  • 小林秀雄は、自己の心情や思想を排して対象を客観化する営みが批評であると考えた。一方、三木清は、寛大な心で相手の良い点を認めるのに専念し、協力して真理に達しようとする営みが批評であると考えた。
  • 小林秀雄は、自己の心情や思想を排して対象を客観化する営みが批評であると考えた。一方、三木清は、相手の問題点を指摘し、自身の考えも示して、共に真理に達しようとする営みが批評であると考えた。
  • 小林秀雄は、社会において対象を位置付ける営みが批評であると考えた。一方、三木清は、相手の問題点と改善のヒントを示し、相手が独力で真理にたどり着くように導く啓発的営みが批評であると考えた。
  • 小林秀雄は、社会において対象を位置付ける営みが批評であると考えた。一方、三木清は、寛大な心で相手の良い点を認めるのに専念し、協力して真理に達しようとする営みが批評であると考えた。
  • 小林秀雄は、対象についての思索を通して自身と向き合う営みが批評であると考えた。一方、三木清は、相手の問題点を指摘し、自身の考えも示して、共に真理に達しようとする営みが批評であると考えた。
  • 小林秀雄は、対象についての思索を通して自身と向き合う営みが批評であると考えた。一方、三木清は、相手の問題点と改善のヒントを示し、相手が独力で真理にたどり着くように導く啓発的営みが批評であると考えた。

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