大学入学共通テスト(公民) 過去問
令和7年度(2025年度)追・再試験
問3 (公共,倫理(第3問) 問3)
問題文
場面1 生徒Aと生徒Bが、文化祭の後片付けをしながら次の会話をしている。
A:クラスの出し物もうまくいったし、文化祭は楽しかったね。
B:そうだね。クラスの出し物のことで自分たちの意見が通らなかったときは悔しかったけれど、実際にやってみると楽しかった。やっぱり、やりたいことを好きなようにやることだけが幸せじゃないんだなって思ったよ。(a)幸せになるためにはどうすればよいのかって、考えさせられた。
A:そうだね。私は、自分が道徳的によい人間であれば、幸せになれると思っている。だけど、それ以外にもいろいろな考えがあるよね。
B:倫理の授業で(b)様々な宗教の戒律について学んだけど、戒律や宗教的な教えを実践することで救済が与えられたり、解脱に至ることができたりというように、何かに従うことが幸せにつながるという考え方もあるよね。
A:確かにそうだよね。宗教では、戒律に従うことが大切ってことなのかな。イエスは(c)律法を形だけ守るような生き方を批判していたよね。
B:言われたことを形だけ行っていればいいということじゃなくて、どういう理由でそれを行うかが大切ってこと?
A:どうだろう。今度一緒に調べてみようか。
下線部(c)に関連して、生徒Aは、次の資料を見つけ、生徒Bと後の会話を交わした。資料を踏まえ、会話文中の空欄( a )・( b )に入る語句の組合せとして最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
資料
律法の行いをするということと律法を成就するということは、別々のことであるという言い方に慣れてほしい。律法の行いとは、人間が自らの自由意志と自分の能力をもって律法に対して行っており、また、行いうる全てのもののことである。だが、そのような行いの下に、それと並んで、心の中に欲と律法への強制が残るのだから、そのような行いは.....なんの役にも立たない。......律法を成就するとは、あたかも律法や罰などないかのごとくに、喜んで愛をもって律法の行いをなし、律法の強制なしに自由に神のみこころにかなう善い生き方をすることである。だが、自由な愛のこのような思いは、聖霊が心の中に与えてくださるものである。......聖霊は、......信仰において、その信仰とともに、その信仰を通してのみしか与えられない。
ルター「聖パウロのローマの信徒への手紙序文」より
A:授業では、ルターは、救いは善行にではなく信仰のみにあると主張したと学んだけど、資料では律法はどのように位置づけられているんだろう。
B:資料からは、ルターが律法自体については( a )に考えていることが読み取れるね。それに、ルターは、信仰によって( b )と考えていることもわかる。つまり、信仰さえあれば、聖霊が与えられて律法にかなった善い行いが自然に生じると言えるね。
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問題
大学入学共通テスト(公民)試験 令和7年度(2025年度)追・再試験 問3(公共,倫理(第3問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
場面1 生徒Aと生徒Bが、文化祭の後片付けをしながら次の会話をしている。
A:クラスの出し物もうまくいったし、文化祭は楽しかったね。
B:そうだね。クラスの出し物のことで自分たちの意見が通らなかったときは悔しかったけれど、実際にやってみると楽しかった。やっぱり、やりたいことを好きなようにやることだけが幸せじゃないんだなって思ったよ。(a)幸せになるためにはどうすればよいのかって、考えさせられた。
A:そうだね。私は、自分が道徳的によい人間であれば、幸せになれると思っている。だけど、それ以外にもいろいろな考えがあるよね。
B:倫理の授業で(b)様々な宗教の戒律について学んだけど、戒律や宗教的な教えを実践することで救済が与えられたり、解脱に至ることができたりというように、何かに従うことが幸せにつながるという考え方もあるよね。
A:確かにそうだよね。宗教では、戒律に従うことが大切ってことなのかな。イエスは(c)律法を形だけ守るような生き方を批判していたよね。
B:言われたことを形だけ行っていればいいということじゃなくて、どういう理由でそれを行うかが大切ってこと?
A:どうだろう。今度一緒に調べてみようか。
下線部(c)に関連して、生徒Aは、次の資料を見つけ、生徒Bと後の会話を交わした。資料を踏まえ、会話文中の空欄( a )・( b )に入る語句の組合せとして最も適当なものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。
資料
律法の行いをするということと律法を成就するということは、別々のことであるという言い方に慣れてほしい。律法の行いとは、人間が自らの自由意志と自分の能力をもって律法に対して行っており、また、行いうる全てのもののことである。だが、そのような行いの下に、それと並んで、心の中に欲と律法への強制が残るのだから、そのような行いは.....なんの役にも立たない。......律法を成就するとは、あたかも律法や罰などないかのごとくに、喜んで愛をもって律法の行いをなし、律法の強制なしに自由に神のみこころにかなう善い生き方をすることである。だが、自由な愛のこのような思いは、聖霊が心の中に与えてくださるものである。......聖霊は、......信仰において、その信仰とともに、その信仰を通してのみしか与えられない。
ルター「聖パウロのローマの信徒への手紙序文」より
A:授業では、ルターは、救いは善行にではなく信仰のみにあると主張したと学んだけど、資料では律法はどのように位置づけられているんだろう。
B:資料からは、ルターが律法自体については( a )に考えていることが読み取れるね。それに、ルターは、信仰によって( b )と考えていることもわかる。つまり、信仰さえあれば、聖霊が与えられて律法にかなった善い行いが自然に生じると言えるね。
- a:否定的 b:律法の行いがなされる
- a:否定的 b:律法が成就される
- a:肯定的 b:律法の行いがなされる
- a:肯定的 b:律法が成就される
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